以前のコラム「5S活動はなぜ定着しないのか、5つの理由と対策」では、5S活動が定着しない5つの理由とその対策を明らかにしました。
そのコラムで述べた5つの理由の中で、特に1番目の理由「経営トップや経営幹部の覚悟ができていない」については、私の経験では、90%以上の製造会社が該当するのではないかと思います。
そこで、本コラムは、そのコラムをさらに補強するものとして、「経営トップや経営幹部の覚悟ができていない」ことの理由を中心に、体系的・理論的に整理し直し、その真の原因を具体的に明らかにします。
そこから導き出される、5S活動を定着させるための論理的で納得のいく戦略と具体的対策を明らかにします。
「経営トップや経営幹部の覚悟ができていない」真の理由
私の経験からまずいえることは、「5S活動の本質である『目的や効用価値』、さらには『具体的な進め方』について知らない、つまり理解納得できていない。だから覚悟ができていない」ということです。別の言い方をすれば、「5S活動を定着させた成功体験がない」とも言えます。なぜこういうことが言えるのか、以下掘り下げていきます。
知の3段階のレベル
知には3段階のレベルがある、とよく言われます。
1段階目:「知っている」レベル
1段階目は、単に「知っている」レベル。知っているけれど、自分の言葉で分かりやすく人に説明することはできません。
2段階目:「しっかり理解している」レベル
2段階目は、知っているだけではなく、「しっかり理解している」レベル。自分の言葉で分かりやすく人に説明できるレベルです。しかし、必ずしも人を説得し、納得させることはできません。なぜならば、自ら体験をしていないからです。
3段階目:「認知している」レベル
3段階目は、「認知している」レベルです。体験があり、実感できているレベルです。このレベルにまで達すると、人を説得し、納得させることができます。
やはり、経営幹部の少なくとも一人は、5S活動について、この3段階目のレベルにあることが望まれます。もし一人もいないのなら、成功体験のあるリーダーから、謙虚に、共感しながら学ぶことが必要です。
5S活動を自ら実行しないのは「知らない」ことが理由
ここでの「知らない」は、上述の「知の3段階のレベル」のどこかで止まっている状態です。いずれにせよ、「知らない」ことで、5S活動にネガティブになることが多いといえるでしょう。少なくとも、5S活動を積極的に実行する気には到底なれません。
「知らない」の背景にある3つの事情
次に、「知らない」の原因をさらに深堀してみましょう。
5S活動の本質・効用・具体的な進め方について「知らない」という場合、その事象の背景にはそれなりの事情(理由や原因)があるものです。
その原因は、次の3つが考えられます。
(1) 意図的に発生している場合
意図的とは、あえて知ろうとしないことです。過去の失敗や強い偏見やトラウマなどがあるかもしれません。さらには、以下の(2)や(3)との組み合わせもありえます。結構根が深い可能性があります。
(2) 盲目的に発生している場合
盲目的とは、他人や上司の意見やアドバイスを、そのまま考えることもなく、盲目的に、無批判的に受け入れている場合です。あるいは、単に人間関係を悪くしないために受け入れている場合なども考えられます。これらの場合は、元を正せば解決は比較的容易であると思います。
(3) 誤解によって発生している場合
誤解には、他人の意見を誤解している場合や、自分がたまたま間違って体験したことが正しいと思っている場合などがあります。例えば、「5S活動といっても所詮はこんなもので大して価値のあるものではない」、と決めつけてしまうことが該当するでしょう。
上記(1)から(3)の背景にはそれぞれの人の事情があります。
このような本当の理由を明らかにしたうえで、5S活動定導入・定着化のための戦略を策定し、それにそって段階的に手を打っていくことが、「5S活動の定着のしやすい進め方」につながります。
5S活動がより定着するための4段階の進め方
【ステップ 1 】
5S活動の必要性がしっかり分かっていないことの事情を探る
具体的には、社長、経営幹部、プロジェクトリーダー、プロジェクト関係者全員との「個別面談」で、「知らない」ことのレベル及び、その背景にある「事情」を明らかにします。
製造業改善コンサルティングのサービスの中で「5S改善活動体制づくり」があります。ここで行う「個別面談」は、工場の課題や真の問題点を把握するため、最初に取り組むべき重要課題と位置づけています。
個別面談の結果を分析し、「背景にある事情」を明らかにして、以前のコラム「5S活動はなぜ定着しないのか、5つの理由と対策」に記載した「5つの対策項目」に反映させます。
3つの事情に対しての対策の難易度は、次の順と私は考えています。
(1)意図的に発生している場合 > (2)盲目的に発生している場合 ≒ (3)誤解によって発生している場合
(1)がもっとも難易度が高いのでしっかり練った対策が必要です。そのため、5S改善体制づくりや、5S活動の実施・定着化には時間がかかります。(2)と(3)は対策としては若干異なりますが、難易度はほぼ同程度と思われます。
【ステップ 2 】
経営トップに5S活動の必要性や価値を深く理解・納得していただく
まずは経営トップに、5S活動の必要性や無限の価値があることを深く理解・納得していただくことです。その結果、5S活動を導入・定着までやってのけることを覚悟していただくことが可能となります。
その際、Step1の結果が、(1)の「意図的に発生している場合」は難易度が高いので慎重さが要求されます。まずは、なぜ意図的に受け入れようとされないのか、その理由を話し合いながら、5回のなぜ?で確認していきます。ここを乗り越えれば、Step2は成功するものと思われます。「フォロワー的な役割のリーダーをつくる」ことも、このステップに含まれます。
【ステップ 3 】
5S活動の社内教育体制をつくる
「5S活動の社内教育体制をつくる」ことは、プロジェクトに関連するすべてのメンバーに「5Sの本質」、「効用」、「進め方」を正しいものにしっかりリセットし、理解・納得していただく機会になります。さらに、社内教育体制が持続的に機能していくように仕組みづくりまですることが不可欠です。5S活動がしっかりと行われているかを確認するための、「フィードバック体制をつくる」ことも、このステップに含まれます。
【ステップ 4 】
地ならしをして5S活動を文化にまで高める
「5S活動を受け入れる地ならしをする」こと、また「5S活動をすることはあたりまえ」といった文化にまで高めていくことが大切です。
Step4は、今までのステップに比べ、時間がかかるという困難さがあります。文化として構築していくまで継続的に緊張感を維持していくことは、経営幹部やプロジェクトリーダーの決意、ならびに熱意の継続が必要です。しかし、ここでも一番重要なことは「トップの覚悟」にかかっているということです。
ただ、5S活動を定着させ、長期的に事業活動を支える文化として、進化させ続けるためには工夫が要ります。例えば、経営会議などでの「マネジメントレビュー」として、アジェンダの一つに加えるといった仕組みやルール(社内規定)づくりです。この仕組みやルールには、社長も従う必要があります。そうしなければ、5S活動の定着化はできません。
トヨタ自動車でのあるエピソードをここでご紹介したいと思います。
幹部役員が、あるプロジェクトの稟議書の最終決済を得るために、社長に決済をお願いしました。
社長は、「この案件について、私はあまりよくないと思っている。プロジェクト内容のここを修正したら決済しよう。」と言ったそうです。
その役員はすかさず、「社内規定に準じての決済ですので社長のご勝手はできません。」と切り返したそうです。社長は認めざるを得なく、決済したということです。
このエピソードから、「トヨタ自動車では、文化が社長にまでしっかりと浸透している」ということが伺えます。
そして、文化がしっかり浸透している会社の社内規定はそれほど重く、社長といえども恣意的に扱うことはできないということです。
以上のステップが確実に実施されることで、「製造業で5S活動の定着しやすい進め方」が着実に具現化できるものと、私は確信しております。
この記事の著者
製造業改善コンサルタント
村上 豊 (Murakami Yutaka)
名古屋大学工学部、修士課程卒業後、トヨタ系列の電装を担う大手メーカーに30年間従事。製造部門のみならず、国内工場の工場長や英国の新工場立ち上げをも担当する。コンサルタントとして独立後、さまざまな製造業種の企業を支援し、5S活動の理論に基づいて工場の人材育成、生産、保全、品質、製造技術の改革に取り組む。人の能力を引き出し高めるマネジメントで、多くの製造工場の改善・改革、カルチャーづくり、理念経営を支援。