不況のときは本業以外の事業を廃棄すべきか?
不況のときに、本業以外のサイドワークで始めた事業が赤字で困ってしまった場合、その事業を廃棄すべきか、とても迷うところです。
経営理念コンサルティングで、建設業のC社長の経営相談をお受けした際、次のようなご相談をいただきました。
それは、「事業を2つ行っているが、1つを売却しようかどうしようか迷っている」というものでした。社長はその経緯について以下のように話してくださいました。
「当社の本業は建設業ですが、エンドユーザーに直接接することが多いので、顧客サービスを大切にしています。その顧客サービスを軸にして、多角化をしたいと考えていたところ、数年前に、『郊外の駅ナカの店舗に空きが出る』という情報が入りました。
そんな時に、折よく有名な蕎麦屋で修行をしていた方と縁が出来たため、その方を迎えて駅ナカに手打ち蕎麦屋をオープンしたのです。お店は評判になり、軌道に乗り始め、少しずつ利益が出るようになりました。
ところが、今回の新型コロナウィルス騒動のあおりを受け、休業を余儀なくされ、売上が8割減となってしまったのです。しかも、店を任せた人は文字通りの職人肌で、サービスについては無頓着。持続化給付金等を受けて何とか維持していますが、現在もソーシャルディスタンスを取るために、席数を減らして営業しているので、売上は以前の半分程度です。本業の利益の一部を当てて店舗を継続しているため、続けるべきかどうか迷っています。」
社長のお考えとしては、「店を閉店してスッキリしたい」という気持ちをお持ちでした。その反面、「せっかく軌道に乗った新事業を手放すのは惜しいので、何とか立て直しができないか」と、判断に迷っておられました。知り合いの経営者や税理士の先生に相談しても、明確な答えを見出せなかったそうです。
その事業は使命感からのものか?
私は、経営理念コンサルタントとして、「事業は経営理念に基づいて構築すべき」であると考えています。
ですから、「顧客サービスを軸にした新事業を行いたい」という社長のお気持ちには賛同するものの、「職人肌」の店主をはじめ、全スタッフに「顧客サービス」を理解、実践してもらうことが出来なければ、社長の理想とするサービスはいつまでたっても実現しません。
私の尊敬するピーター・ドラッカー先生は、イノベーションとは、体系的廃棄であると述べています。発展志向の経営者にとって「事業を捨てる」ということは、他人から指摘されない限りなかなか分からない、盲点に当たるポイントだと思います。
体系的廃棄を成功させるためには、次の2つの決定が必要です。
- 古くなったものを廃棄する決定
- 新しいことを行う決定
では、どうやって古くなったものを廃棄する決定を下せばよいのでしょうか。
ドラッカー先生は、つぎの質問に答えることを勧めています。
「まだこの仕事を行っていなかったとして、いまからこの仕事を始めるか」
このシンプルな問いに答えることで、体系的廃棄の結論を導き出せることがよくあります。
そこで、私は社長にこの質問をベースに、次のような質問をしてみました。
「蕎麦屋の事業は、貴社の経営理念を実現するために、絶対に必要ですか?」
「もし現在、蕎麦屋の事業を行っていなかったとしたら、今から始めますか?」
この質問は、社長の心の奥底から湧き出る事業への思いが本物かどうかを問いかけるものです。自ら行っている事業への使命感が本物ならば、どのような経済環境に見舞われたとしても、“あの手、この手” で工夫を凝らし、何とか黒字になるように努力することができます。そして、どのような不況下であっても、ピンチをチャンスに変え、隆々と事業を繁栄させる人は必ずいます。その出発点は、やはり経営理念に込められた使命感です。
この質問をきっかけに、C社長は蕎麦店の撤退を決心されました。
体系的廃棄による撤退戦
このご相談事例での体系的廃棄は、軍事的にいえば撤退戦に当たるでしょう。
三国志の書籍などを読んでも、撤退戦は状況によっては大損害を受ける可能性があるため、武力が非常に強く、決断力や戦略的に優れた指揮官が選ばれます。これと同じように、事業における廃棄も、まさに「体系的」に、つまり、順序良く、時系列的に廃棄と新しい創造を行い、上手に脱皮を図ることが業務改善の要諦であると言えます。
さて、ドラッカー先生は、体系的廃棄について、以下のようにも述べています。
「まさに廃棄は、資源を解放し、古いものに代わるべき新しいものの探求を刺激するがゆえに、イノベーションの鍵である」
(『創造する経営者』より)
そこで私はドラッカー先生のこの言葉に基づいて、以下のように質問しました。
「C社長は、蕎麦屋を体系的に廃棄する決断を下されました。次に、未来を切り拓くために新しく何を行いますか?」
体系的廃棄を行うと、それまでその事業に投下していた人やお金などの経営資源に空きが出ます。これを新しく効果的な仕事に回して、発展速度を増していくわけです。
新しいことを始める決定
C社長は、蕎麦店のスタッフとして働いていた社員、アルバイトを本業の人事に組み入れ、経営理念を実現する経営戦略室や人事部のメンバーに配置しました。そのおかげで、経営理念研修などが活発に行われるようになり、経営理念の浸透が進み、従業員のモチベーションが高まりつつあり、社内の雰囲気が見違えて良くなってきました。本業の業績は非常に好調です。
組織のトップにとって、現代のように変化に富む時代は、大変な難所であると同時に、多くのビジネスモデルを創り出す力を開発・発揮するチャンスの時でもあります。
組織を成功に導くためには、「昨日を陳腐化させ、明日を創造する」イノベーションを体質化し、「組織の資源と労力を、最大の機会と、最大の成果が上がる分野に、適切に配備する」ということが重要です。
ドラッカー先生の言葉は、さらに重要性を増していると思います。
この記事の著者
経営理念コンサルタント
関山 淑男 (Sekiyama Toshio)
経営理念の構築・浸透とビジネスコーチングのスキルに親和性があることに気づき、研究や実績を重ね、経営理念コンサルタントとしてのスキルを確立していく。社長としての経営経験や赤字企業の業績回復支援の経験から掴んだ教訓、ピーター・ドラッカー先生や一倉定(いちくらさだむ)先生などの経営理論を融合させ、独自の経営理念コンサルティング・メソッドを開発。