仕事で細かいことが気になるA社長の悩み
クライアントのA社長は、経営理念コンサルティングの中で、長年悩んできたことについて、ご相談してくださった事がありました。
「私はとにかく細かいことが気になってしまうんです。それで、つい社員に口やかましくなってしまいます。その結果、社長は “口うるさい” “面倒くさい”と陰口を言われていることが耳に入ってきます。私は、『細かいことを気にしない、磊落なタイプ、豪快なタイプのほうが社長として相応しいのではないか』と思っているので、少し自信を無くしています。」
ということでした。
細かいことが気になる場面を聞いて思ったこと
そこで私は、「社長は細かいことが気になるとおっしゃいましたが、例えばどんなことが気になるのですか?」と伺ってみました。A社長が仕事で気になる細かいことを要約すると、
- 社員の現場での作業の仕方がよくないとき
- 大事な報告が上がってこないとき
- 報告や相談が遅く、後手になっているとき
に集約されました。社長のお話を聞いていると、実に大切なことが多いのです。
経営の最終責任を取るのはもちろん社長です。ですから大切なことが疎かにされていたら気になるのが当然だと思います。
しかし、社員たちのほうはそのような責任感は持ち合わせておらず、社長が夜も眠れずに経営について不眠不休で考え続けていても、社員はといえば、ぐっすりと眠ることができます。
松下幸之助先生の例
経営の神様、松下幸之助先生は、大胆な方であったからこそ、一代で日本を代表する大企業を創り上げられましたが、一面、実に細かい人だったそうです。
松下幸之助先生が経営の指揮を執っておられたときには、社員たちがポケットにタコ糸を入れていたそうです。そして、会議の準備の際には、「机、椅子、資料やペットボトルの水に至るまで、前から後ろ、右から左までが寸分違わずビシッと揃っていないと大変叱られた」というエピソードがあります。
ある社員は、「会議が始まればすぐに散乱してしまうのに、なぜそこまでしなければならないのですか?」という疑問を松下幸之助先生にぶつけました。すると、松下幸之助先生は「空気が変わるんや」とおっしゃったと言います。
このエピソードから、社長は「大胆に仕事を進める面を持ちつつ、一方では非常に繊細な面を持ち合わせなければ人の心の機微を掴めず、事業の発展は成し得ない」ということが学べます。
コップ半分の水をどう見るか?
また、経営学の父、ピーター・ドラッカー先生は、「コップ半分の水をどう見るか」について話をされています。
コップに水が「半分⼊っている」と「半分空である」とは、量的には同じである。だが、意味はまったく違う。とるべき⾏動も違う。世の中の認識が「半分⼊っている」から「半分空である」に変わるとき、イノベーションの機会が生まれる。
(『イノベーションと企業家精神』より)
この「認識の変化を捉える」ということは、企業が成長するためにとても大切なことですが、ここでは少し別の観点で「コップ半分の水」について考えてみたいと思います。
コップに入っている水を、お金や時間などの経営資源だと考えてみてください。
個人が、よりよい生き方を目指していたり、成功を目指したりしている場合には、「コップにはまだ半分も水が入っている」という、明るく、楽天的で、ポジテブな発想をするべきだと思います。アメリカ自己啓発界の御三家と言われる、ナポレオン・ヒル師、ノーマン・V・ピール師、デール・カーネギ―師が、それぞれ物事の明るい面を見ることの大切さを強調されている通り、積極的思考は、成功のために欠かせない黄金律です。
もちろん、積極的思考は、経営者にとっても基礎となる重要な考え方ですが、会社の全権限を握り、社員達とその家族の生活を背負う、社長としての地位にある方は、「コップには半分しか入っていない」と考えることが必要であると思います。
楽天的なだけで危機管理を怠たれば、何かあったときに対応が後手にまわり、会社は危機に瀕してしまうことでしょう。
A社長へのアドバイス
このような考えから、私はA社長に、上述の事例を話てから、次のようにアドバイスしました。
「社長が “細かく、うるさい” ということは、あらゆる仕事に誠意を込め、打つべき手を着実に打つために情報を集めなければ、顧客や市場から信頼を得続けることは難しい、という経営者としての健全な危機意識から来ているのではないでしょうか。」
すると、A社長は、「それを聞いて、確かに自分は “細かい、うるさい” と言われていたとしても、危機意識を持って慎重に経営行っている。それは、やはり経営者として重要な資質だと再認識できました」と、笑顔で語られました。
織田信長軍と今川義元軍の戦い
日本の戦国時代に天下の覇者となった織田信長は、桶狭間の戦いで大大名今川義元の軍勢に勝利し、一気にその盛名を轟かせました。この戦では、今川軍が2万5千とも4万5千ともいわれる大軍を率いていたのに対し、織田軍は約3千から4千という寡兵でした。
今川義元は、大軍を恃み、信長の策に乗り、局地戦の戦勝に慢心して「コップには水がいっぱい入っている」とばかり、“細かいこと” を気にしませんでした。そして桶狭間山で昼弁当を広げ、酒を飲んでいるところを信長に急襲され敗れたのです。
一方の織田軍は「コップの中にほとんど水が入っていない」という危機感を持っていたために、何重もの作戦を立てています。そして義元に気づかれないように細心の注意を払いつつ今川軍の兵力を分散し、義元の居場所を突き止め、奇襲を成功させました。
このように、経営資源が豊富であると、かえって危機意識が薄らぎ、作戦が立たなくなるものです。一方、健全な危機感を持った経営者は、「この少ない経営資源で、どうしたら勝てるか」と本気で “生き筋”、“勝ち筋” を考えます。それこそ “頭から血が出るほど” 考え抜くことができるのです。
本気で考えることは苦しいことですが、事業繁栄という社長にとっての真の悦びをつかむための唯一の道であると言えるでしょう。
豪放磊落な社長はダメなのか?
もちろん、豪放磊落な性格の社長が良くないのではありません。磊落さは天性の長所です。この長所に加え、さらに細部に目を向ける習慣を身に付ければ、多くの人を魅きつけつつ、隙のない素晴らしい経営ができると思います。
一方、細かいところが気になる、危機意識の強い社長は、それをご自身の「短所」と見るのではなく「強み」であると考えて頂ければ幸いです。細かいところにまで気働きができる社長は、経営の知恵を積み重ねることが出来るのです。
この記事の著者
経営理念コンサルタント
関山 淑男 (Sekiyama Toshio)
経営理念の構築・浸透とビジネスコーチングのスキルに親和性があることに気づき、研究や実績を重ね、経営理念コンサルタントとしてのスキルを確立していく。社長としての経営経験や赤字企業の業績回復支援の経験から掴んだ教訓、ピーター・ドラッカー先生や一倉定(いちくらさだむ)先生などの経営理論を融合させ、独自の経営理念コンサルティング・メソッドを開発。