創業社長の多くはアイデアが豊富で、何か商品やサービスを生み出すことが得意な人が多いです。
当社のお客様でも、営業畑であったり、経理・人事を得意としてきた社長は、ほとんどいません。しかし、営業や経理・人事の出身であったとしても、独立起業したときには、商品やサービスの開発を余儀なくされることが多いです。
その商品やサービスが売れだし、株式会社にして自信が出てきます。そのときに、社長に志が芽生え、会社を大きくしたいと思う人も出てきます。
そういった社長の志を実現するためには、必ずと言ってよいほど、協力しあえる理想のナンバー2と手を組むべきです。
一代で会社を大きくした社長は、このナンバー2の必要性を知っているはずです。
このコラムでは、ナンバー2との役割分担、理想のナンバー2との出会い方、負けず嫌いの社長の注意点など、ナンバー2といっしょに会社を成長させるトップの心構えについてまとめました。
会社成長の条件となるナンバー2との役割分担
会社は社長の器によって、その規模が決まると言われています。当社はまだまだ小さいものですので、私も器を広げる必要があると痛感しています。
明治時代から昭和までに、個人事業レベルから大企業まで成長させられた、偉大な結果を残された社長を調べていると、必ずナンバー2と役割分担で会社経営をしていることが分かりました。
理想のナンバー2を引き寄せて、力を合わせて会社を急成長させることに成功したとすると、理想のナンバー2を引き寄せることも社長の実力と考えることができます。
ナンバー2の主な役割
ナンバー2の主な役割は、もちろん社長の補佐役として、社長の苦手とする業務を代行してくれる人物です。その主な役割としては、次の2つです。
- 資金調達
- 販路拡大
この2つができるナンバー2は、社長がアイデアマンであるほど、会社の成長に顕著に効いてくるように思います。その代表例としては、本田宗一郎と藤沢武夫でしょう。
本田宗一郎は、言わずと知られた本田技研工業の創業者です。しかし、会社を実質的に経営をしていたのは藤沢武夫でした。
本田宗一郎は、浜松のエジソンと称されるぐらい、天才的な発明を数々行います。その発明に将来性を感じ、資金を出資する人はいました。しかし、本田宗一郎を自由に研究させるほどの度量のある人物はいませんでした。
藤沢武夫は、本田宗一郎が苦手とするところをすべて担い、本田宗一郎は自由に研究できるようになり能力が発揮できました。その結果、2人が巡り合ってから10年ほどで世界一のオートバイメーカーに成長させることに成功しました。
社長の器によって会社の規模が決まると言われていますが、このようなことから「会社はナンバー2で決まる」とも言われています。
本田宗一郎を支えた藤沢武夫の役割
藤沢武夫は、本田技研工業で次のような役割を担い、本田宗一郎の夢を次々と実現させていきました。
- 資金調達(銀行や取引先との交渉)
- 販路拡大
- マーケット調査と新商品の方向性
- 販売の仕組み化
- 生産調整
- 業務改善
- 経営幹部育成
- 本田宗一郎の神格化
これだけ見ても、ものすごい能力だと思います。これだけの能力がありながら、本田宗一郎との出会いで、すぐさま共同経営を名乗り出て、自分の会社を畳んでいます。このようなナンバー2と出会えたらいかがでしょうか?
最後の本田宗一郎の「神格化」という表現は、面白さを感じられたことでしょう。社員が社長を尊敬するようになるかどうかは、ナンバー2の態度が関係します。社長を尊敬するナンバー2の後ろ姿を見て、社員が社長を尊敬するようになるのです。その究極が、社長の神格化です。本田宗一郎を伝説の人として、後世まで語り継ぐことが、本田技研工業の存続のために大切であるとお考えになられたのでしょう。
ナンバー2との出会い方
さまざまな偉人を調べていると、理想のナンバー2との出会いは、家族であったり友人からの紹介であったり、たまたま入社してきた人であったりとさまざまです。共通するところとしては、理想のナンバー2との出会い方には、いくつかのお作法があるようです。
理想のナンバー2を求めること
当たり前のことですが、何事にも求めて行動しなければ、欲しい結果を得ることはできません。何か行動をすることで、その結果が得られるのです。
ナンバー2も、求めて候補者と会うことをしなければ、出会うことはありません。
また、どのようなナンバー2を求めるのか、どのようなナンバー2が理想的なのか、明確にしていくことで、理想的なナンバー2と出会いやすくなります。どのような人物が自分のナンバー2として相応しいのかがわからなければ、理想のナンバー2と出会ったとしても、気が付かない可能性があるからです。
まずは、ナンバー2を求めること。そして、どのようなナンバー2と出会えたら自社が発展するのかをお考えください。
類は友を呼ぶ
「類は友を呼ぶ」とは、引き寄せの法則のようなものです。いい人の元にはいい人が集まるように、志のある社長の元には、志を支えるナンバー2が集まります。
社長は、常に徳を磨くようにしてください。
徳のある人とはどういった人のことでしょうか? 徳とは、とても古い言葉ですが、志のある社長には大切なことです。
儒教で基本的な3つの徳として、「智仁勇」があります。智とは智恵ある人のことです。人一倍に学んでいて、智恵のある人ことで、学徳という言葉もあります。仁とは愛あふれる人のことです。徳のある人とは、自分のことよりも他人の幸せを先に考えられる人のことと言えます。勇とは勇気のことで、行動の人です。
「類は友を呼ぶ」と言いましたが、会社のトップが怠けたいためにナンバー2を求めたら、遊び好きのナンバー2を引き入れてしまうことになります。社長は、夢を語り続け、その実現に向かってひたむきに努力・精進ができる人に、理想のナンバー2が引き寄せられるものです。
また、先ほど「ナンバー2が社長を尊敬する後ろ姿を見て、社員が社長を尊敬する」と述べました。ナンバー2が社長を尊敬できるかどうかは、社長がナンバー2を尊敬しているかどうかです。お互いに尊敬し合える仲でないと、社長とナンバー2はうまくいかないと思います。
三顧の礼
「三顧の礼」とは、三国志の故事で、劉備玄徳が諸葛孔明に会うために三度も訪問するというストーリーです。
三国志の時代、漢(かん)を再興させるために、劉備玄徳は奔走しますが、努力が実りませんでした。齢47の劉備は、「戦いに勝って夢を実現するためには、参謀が必要だ。諸葛孔明という優秀な人材がいるらしい。」と噂を聞きつけ、27歳の諸葛亮の元を訪れます。
ところが、諸葛亮には居留守をつかわれてしまい、共に赴いた者からは、「そのような失礼なやつを迎え入れる必要はない」と言われます。
ところが劉備は、「どうしても私に必要な人材なのだ。何度でも足を運んで、私の願いを聞いてもらうのだ。」と、三度目の訪問で初めて会うことができます。
諸葛亮はその態度に感激し、劉備に一生仕え、劉備亡き後も劉備の夢を引き継いでいきました。
「貴人に出会う」という言葉もありますが、本当にナンバー2を求めるのであれば、謙虚な気持ちで人材を求めるというスタンスを持つことが大切だと教えてくれる故事です。優秀なナンバー2は、そういったトップの徳に引き寄せられるものなのです。
ナンバー2が現れるまですべきこと
ナンバー2は、そう簡単に現れるものではありません。お互いの成長やタイミングがあります。昭和の偉大な経営者を見ていると、存外身近にいることもあります。
ナンバー2が現れるまで、社長がすべきことがあります。零細企業であれば、すべてのことです。
「すべてとは、どのような内容ですか?」と聞かれることはあります。その内容とは、「経営理念に基づいた経営計画を実現するための、事業構造のすべての意思決定」です。経営理念や経営計画のことは、述べるまでもないことでしょう。
事業構造には、基本的に次の7つがあります。
- 市場
- 商品・サービス構成
- お客様構成
- 仕入れと販売
- 人員構成
- 未来事業の構想と推進
- 財務
「どれぐらいやれば良いですか?」と聞かれることもありますが、7項目の詳細は別途ご紹介するとして、「あとは天命を待つ」というぐらいまでです。
ナンバー2が現れると、社長が苦手とするところを担ってくれるはずです。
社長の負けず嫌いの性格がナンバー2を阻害する
ナンバー2との出会いでも大切なのですが、負けず嫌いのお話をしたいと思います。社長は、多くの人が負けず嫌いであることでしょう。この負けず嫌いの性格が、良い方向に出ると有益となりますが、悪い方向に出て害毒を出す場合があります。
社長が負けず嫌いであることの有益
負けず嫌いの性格は、会社の発展につながる場合があります。これは、負けず嫌いが有益となるパターンです。
本田宗一郎は、かなりの負けず嫌いの性格だったようです。オートバイレースに出場して負けたときには、涙を出しながら悔しがったと言われています。そのようなことで、「次回には、もっと高性能なエンジンを開発するぞ」という具合に、会社の発展につながりました。
社長が負けず嫌いであることの害毒
社長の負けず嫌いの性格が害毒になるパターンとしては、優秀な従業員に対して、自分が負けることを認められないことです。
そういった社長は、能力の高い従業員を高く評価できなかったり、能力のなくて言うことを聞いてくれる従業員に役職を付けたりします。すると、優秀な人材が離れていってしまいます。このことは、ナンバー2に対しても同様です。
次のような兆候のある社長は「負けず嫌いの兆候が出ている」と言えるので、要注意です。
- 自慢話が多い
- 従業員を信頼できない
- 自分のミスを反省ができない
社長が持つべき性格
理想のナンバー2との出会いのためにも、徳高き社長を目指すことが大事です。
従業員に感謝を伝えられるか
負けず嫌いの性格が害毒になってきていると感じた場合には、従業員に感謝を伝えるようにしてみてください。従業員は社長から感謝されると、あたかも報酬をもらったかのような感じになります。
感謝の気持ちを伝えることは、もちろんコストはかかりません。無料なのですが、社長からの心からの感謝は、効果絶大です。
感謝をされた従業員は、社長から認めてもらったことになるので、嬉しくなって「社長のためのもっとがんばろう」と協力的になります。
そして、人の評価を私的な好き嫌いでなく、公平な評価ができると、ナンバー2もトップに協力することができるようになります。
ダメなところを指摘できるか?
感謝ばかりでも、問題が出ることがあります。それは、憎まれたりすることを嫌がる社長の中には、従業員のダメなところを指摘できない人がいます。ここで、「従業員を褒めて伸ばすのが、我社の方針だ」と指導を放棄してしまうという具合です。
感謝をすると、社長にとって良いと考えるものを従業員は理解しますが、ダメなものは何かを理解できません。従業員の行いがダメな場合には、それを叱ることが必要です。
ここで、「叱る」と「怒る」を間違えないようにしてください。
叱る場合のコツは、怒りを出さずに、淡々とダメな部分を伝えることです。もし怒ってしまったら、後で謝るぐらいの度量を持つことが大切です。
ナンバー2は、自身で会社経営ができるくらいの実力社ですので、社長はナンバー2を叱ることはあまりしないと思います。「意見を伝える」ということが大事です。
ナンバー2が「会社を辞めたい」と言ってきたら
ナンバー2が「会社を辞めたい」と言ってくることがあります。
一般社員であれば、「そうか、会社を辞めるのか。今までありがとう。」と言って、退職届を受取ると思います。ナンバー2は、そうはいきません。
ナンバー2は会社の重鎮ですから、辞められてしまったら、自動車会社のフォード社のように、会社が傾いてしまう場合があります。フォード社は、創業時の出資者の一人、ジェームズ・クーザンスが、本田素一郎にとっての藤沢武夫のような働きをしました。ジェームズ・クーザンスは、ヘンリー・フォードと意見の衝突で退社しました。その後、フォードは売上高を落としていきました。
ナンバー2が辞めていく場合もありますが、場合によっては豊田佐吉先生(とよださきち、1867~1930)のように、ナンバー2が辞めるのではなく、社長が会社を追い出されてしまう場合があります。
さて、ナンバー2が「会社を辞めたい」と言ってきたときは、社長は引き止めるべきか、それとも辞職を受け入れるのかの選択肢に迫られます。
ナンバー2を引き止める場合は、現実を優先する場合です。辞職を受け入れるときは、志を優先する場合です。私は、どちらを選んでも良いと思っています。
そもそも、理想のナンバー2は「社長の夢を実現することが自分の夢だ」という人ですから、会社を辞めたいと考えているナンバー2は、社長の性格についていけなくなったのか、社長の対応をしていて身体を壊しそうになったのかのどちらかでしょう。
入社時に、「将来、会社を辞める予定だ」と言っているナンバー2は、理想のナンバー2ではありません。志の実現を目指す社長は、そういった人をナンバー2に据えてはいけないのです。できれば、お互いに尊敬がでる人で、「社長の夢の実現のために、自分がやるべきことは何か、学ぶべきことは何か」と考え、社長の成長とともにナンバー2も成長することが望ましいです。さもないと、ナンバー2を引き留めるために、志を妥協しないといけない場合があるからです。
ちなみに、もし妥協したとしても、私はそれで良いと思います。中小企業は、たいていは社長がオーナーですので、社長の考え方によって会社が運営されるから、社長の判断がすべてです。「万事塞翁が馬」です。
ナンバー2は、成長会社の社長を支えるだけの器のある人ですから、社長と同等以上のパワーを持った人です。そのパワーを社長が吸って、会社が大きくなる場合もあります。社長にパワーを吸われ続けた人は、精魂尽きて辞めていくことがあります。
ナンバー2が辞めていったとしても、社長は安心して良いと思います。ナンバー2との出会いは引き寄せですから、高い志を強く思っている社長あれば、すぐに新しいナンバー2と出会えると思います。このように、社長によっては、ナンバー2を次々と雇い、またそのパワーを吸って、会社を大きくする人もいます。社長と会社の成長とともに、パワーのあるナンバー2が入れ替わりで入ってくる場合もあるのです。
以上、ナンバー2の必要性やナンバー2との出会い方についての述べました。会社を成長させるためには、理想のナンバー2の他にも、経営参謀や秘書、メンターもいた方が良いでしょう。経営参謀やメンターであれば、当社のコンサルタントもお役に立てるはずです。
志のある社長の参考になれば幸いです。
この記事の著者
経営・集客コンサルタント
平野 亮庵 (Hirano Ryoan)
国内でまだSEO対策やGoogleの認知度が低い時代から、検索エンジンマーケティング(SEM)に取り組む。SEO対策の実績はホームページ数が数百、SEOキーワード数なら万を超える。オリジナル理論として、2010年に「SEOコンテンツマーケティング」、2012年に「理念SEO」を発案。その後、マーケティングや営業・販売、経営コンサルティングなどの理論を取り入れ、Web集客のみならず、競合他社に負けない「集客の流れ」や「営業の仕組み」をつくる独自の戦略系コンサルティングを開発する。