コーチにとって大変参考になる良書の一つに、CTIの『コーチング・バイブル』があります。この本にはコーチングで使用するツールが掲載されていて、その中にコーチングの契約書の雛形まであります。その契約書の冒頭に「コーチはクライアントが人生において実現したいことに焦点を当ててセッションを行います」という趣旨の文章があります。
この言葉が契約書の冒頭に載っているということを見ても、「クライアントが実現したいことに焦点を当てる」ということがコーチングの基本中の基本であるということが判ります。このことは、ビジネスコーチングも同様です。
コーチングを学ばれた方で、この基本を否定する人はいないことでしょう。
ところが、もっとも基本であり、当たり前のことができていないコーチが少なからずいます。
そのようなコーチからコーチングを受けると、クライアントが望んでいないことを無理やり押し付けるようなコーチングになってしまっていることがあります。例えると、クライアントが食べたくもない餅を無理やり口の中に押し込まれているような感じです。
「自分はそんなことはない」と思われた方は、コーチとして優秀な方でしょう。しかし、優秀なコーチであっても気づいていない人が多いのです。
なぜ基本ができないのか?
この基本中の基本ができていないコーチは、ある意味、優秀であることが多いです。
優秀なコーチは、コーチングをしているときに、クライアントの考え方の間違いがよく見えてしまうため、結論が先に見えてしまうのです。
クライアントは、その間違いを指摘してくれることを望んでいないのにもかかわらず、コーチはそれを無理やり押し付けるようなコーチングをしてしまいます。
実のところ、ビジネスコーチが優秀であることは良いことです。相手の間違いを発見できるくらいの高い知見が無ければコーチは務まりませんし、経営者向けのコーチングを行う方であれば、なおのことです。
しかし、その結論を相手が「聴きたい」という気持ちになるまで、どんなに良いアドバイスも相手の胸に響きません。この段階でアドバイスをしても、「音もなく倒れた木」でしかないのです。
どうしたらクライアントがアドバイスを聞いてくれるのか?
そこでコーチは、クライアントがそのアドバイスを求めるところまで、まずクライアントの話に耳を傾け、深く聴き、相手の立場、考え方の発露、実力を見極める必要があります。
コーチが、完全に相手を受け入れ、理解する「摂受(しょうじゅ)」の姿勢を取ることが第一歩なのです。
相手と課題意識を完全に一致した状態になって初めて、相手は「アドバイスを聴きたい」という気持ちになります。この段階になって初めて、コーチのアドバイスは相手が実践できるレベルで深く届くのです。
クライアントから経営相談の依頼があった場合の注意点
また、コーチとして実績を積んでゆくと、クライアントの社長から「相談したいことがあります」という旨のメッセージを頂くことも増えてきます。これにも要注意です。
「相談ということだからアドバイスが欲しいのだろう」と安直に思ってはいけないのです。
大別すると相談にも2つの種類があります。
1.クライアントが熟考した上での経営相談
一つ目は、相手が熟考した上での相談してこられる場合です。その場合には、まず相手が考えたことについて質問し、耳を傾けることです。
社長がどう考えてきたのか、心の経緯を共有しながら深く聴いていくことです。
そうすると、社長の悩み、相談したいことがご自身の中で整理され、問題の本質に本人が気づき、それだけで解決してしまうことがあります。
また、話を聴いただけでは問題が解決しない場合でも、社長が「自分は何を聴きたかったのか」というテーマの本質が見えてきます。そうなれば、普段から万巻の書に学んでいるコーチならば、「どうすべきか」という選択肢を複数提示することができるはずです。
あとは、相手が最良の選択肢を選べるよう決断を導けばよいのです。
相手の話を十分に聴かずにアドバイスをしたら、必ず的外れのアドバイスになってしまいます
2.クライアントが深く考えていない場合の経営相談
二つ目は、社長が深く考えていない場合です。または社長の不得手な分野のため、能力を超えていてノーアイデアの場合です。
この場合には、最初から正解を与えたとしても、相手の成長は望めません。
課題に関する経緯を聴いた上で、質問によって、普段とは違う、新しい角度で考えてもらうことが大切です。
人は誰もが発想の傾向性を持っています。そのため、どの問題に対してもいつも同じような答えを出すことになることが多いです。そこで、質問によって新しい切り口で考えていただくのです。こうすると、普段とは違う答えを導き出すことができます。その上で、社長の考えに足りていないパーツを埋めるアイデアをブレストして出してゆくと良いのです。
この際にも、コーチの自己研鑽が物を言います。社長の心のモヤを晴らすような「一転語(いってんご)」が飛び出し、相手の悩みを解決することができるようになります。
この記事の著者
経営理念コンサルタント
関山 淑男 (Sekiyama Toshio)
経営理念の構築・浸透とビジネスコーチングのスキルに親和性があることに気づき、研究や実績を重ね、経営理念コンサルタントとしてのスキルを確立していく。社長としての経営経験や赤字企業の業績回復支援の経験から掴んだ教訓、ピーター・ドラッカー先生や一倉定(いちくらさだむ)先生などの経営理論を融合させ、独自の経営理念コンサルティング・メソッドを開発。