社長の夢実現への道

経営理念があると社員の多様性が損なわれるのか?

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経営理念があると社員の多様性が損なわれるのか?

とある社長が集う講演会で、発表者のお一人が経営理念に基づいた社員教育の大切さについて語られました。

その後の質疑応答のときに、参加者のお一人から「経営理念にはめ込んだ教育によって、社員の多様性が損なわれるのではないか?」と質問というか指摘が出されました。つまり、経営理念が人を抑圧し、個性を殺してしまうのではないかと考えたようです。

私はこの指摘内容に違和感を覚えたため、感じたことを文章にまとめようと思いました。どうぞお付き合いください。

企業経営における多様性とは?

多様性とは、他人とは異なる性別、年齢、容姿、性的指向、宗教や信条、価値観などの違いを認めることです。しかし、企業経営において、社員の多様性を考えると、多様性の定義が異なってきます。

経済産業省が推進している「ダイバーシティ経営」

まず、経済産業省における多様性の定義について考えたいと思います。多様性は、英語でダイバーシティ(Diversity)です。企業経営における多様性については、経済産業省が推進している、「ダイバーシティ経営」というものがあります。

ダイバーシティ経営の定義は、次のようなものです。

多様な人材を活かし、その能力が最大限発揮できる機会を提供することで、イノベーションを生み出し、価値創造につなげている経営

つまり、会社が社員の多様性を高めることだけが目的ではなく、人材の能力を活かす機会を作り、イノベーションや新価値の創造ができるようにすると、ダイバーシティ経営ができる状態だと言えます。

ここで、「社員の多様性」とは、おそらく「多様な人材」と同義だと思われます。多様な人材とは、次のように定義されています。

性別、年齢、人種や国籍、障がいの有無、性的指向、宗教・信条、価値観などの多様性だけでなく、キャリアや経験、働き方などの多様性も含んだもの。

社員の多様性とは、先ほど述べた多様性の意味に、キャリアや経験、働き方が加わったものです。

すると、経営における多様性とは、要するに、「会社や上司が人材の強みを見て、能力を伸ばすように導き、適材適所に配置して成果を出し、イノベーションを起こし、新価値を創造していく」という意味です。

ダイバーシティ経営の意味を知ると、「なるほど、素晴らしい経営スタイルだ」と思われたかもしれません。しかし、よくよく考えてみたら昔から理念経営を行っている会社では、「人間尊重」や「人材育成」、「適材適所」などと称して、当たり前のように実施してきたことです。

冒頭の「経営理念にはめ込んだ教育によって、社員の多様性が損なわれるのではないか?」との指摘は、理念経営をしっかり行われている社長にとっては、何を指摘されているのか、理解できないことでしょう。

もしかしたら理念経営を抑圧と勘違い?

やりがい搾取

最近、「やりがい搾取」なる言葉が生まれました。やりがい搾取とは、「当社は給料が安いけれども、やりがいがある」ということで、サービス残業を強要するというものです。

サービス残業の強要は確かに搾取になり、違法なことです。しかし、搾取をしていない会社であったとしても、やりがいのある仕事を提供している会社は、客観的に「搾取をしているかもしれない」という疑念を抱いてしまうような風潮も感じられます。

憶測ですが、社員に「仕事にやりがいがある」と感じる人が多い企業は、経営理念がしっかりしている傾向があると思います。(いずれ調査したいと考えています)

すると、人によっては曲解して「経営理念があると搾取につながる」と考える人も出てくることでしょう。実際に、「経営理念の策定は、社員を働かせるために作るのでしょう?」と聞いてきた経営者がいるぐらいです。搾取は、ある意味で強制労働ですから、多様性が失われた状態です。

正しい経営理念と間違った経営理念

また、経営理念に込められた仕事に対する考え方や行動を強要することが、個人の考え方の多様性を損なうことにつながり、それが良くないのだとおっしゃっている可能性もあります。

世の中の経営理念には、「正しい経営理念」と「間違った経営理念」があります。正しい経営理念には、多様性を認めることについて書かれていることがほとんどなのですが、そのことを知らずの発言だった可能性もあります。そうすると、冒頭で述べた「経営理念にはめ込んだ教育によって、社員の多様性が損なわれるのではないか?」との指摘も、理解できるものがあります。

ここで、「正しい経営理念とは何か?」ということが疑問に思いますが、正しい経営理念を定義する前に、もう少し企業経営と多様性について述べたいと思います。

経営の場面で出てくる多様性

私自身、「人の多様性が認められるべきだ」という意見には賛成です。社員の多様性が認められることによって、社員の能力が開発され、活かされて、社会貢献のためのイノベーションや新価値の創造ができたら、それはすばらしい企業です。

社員の一体感と多様性について

企業は、競合他社と競争して成長していきます。その競争が激しければ激しいほど、イノベーションを起こし、新価値を創造していく必要があります。そのためには、正しい経営理念が策定され、それを社員全員に浸透させ、会社が目指す大きな目標に向かって社員一丸となっていく必要があります。

そのような号令を社長から発表すると、「みんなで力を合わせよう」とする社員もいれば、中には「私はそのような目標は受け入れられない」とか「私は一丸の中に入りたくない」と反発する人も出てきます。

反発する人が出てきた場合、会社側としては「社員の多様性を大切にする」ということで、反発する人の意見を取り入れないといけないのでしょうか?

「人材の強みを見て、能力を伸ばすように導き、適材適所に配置して成果を出し、イノベーションを起こし、新価値を創造していく」という多様性の定義からして、目標があるから多様性が保たれるのです。

そもそも目標のない会社は、漂流している船のようなものになってしまい、社員の力が分散して強みが活かせず、成果も出せず、競合他社に太刀打ちできるイノベーションや新価値の創造などできません。また、会社は株主やオーナー、社長が全責任を背負って経営しているものです。社長の号令に反発する人は、会社にはいられないことでしょう。

社員の成長と処遇について

ダイバーシティ経営において、社員の成長と処遇の疑問があります。社員の処遇とは、お給料や役職などのことです。

経済産業省が述べるところの多様性では、社員の潜在的な能力を開発して、社員の強みを活かすことになっています。会社には、社員が成長するように取り組んでもらいたいと考えています。

社員が成長したら、極端な話、その社員は会社の処遇に満足できなくなります。社員の能力は課長クラスなのに、処遇が平社員という具合でしたら、別の会社に課長職待遇で転職していくことでしょう。特に処遇を良くしにくい中小企業では、社員が成長していくとともに辞めていく人が続出することでしょう。

つまり、ダイバーシティ経営が成り立つためには、社員が活かされることによって、社員の処遇も増していく必要があるのです。つまり、会社では富の循環が起こらなければ、ダイバーシティ経営は成り立たないのです。

富の循環をよしとして経営する社長であれば、会社の多様性が保たれることでしょう。理念経営を目指す社長は、社員の処遇や富の循環を経営理念に盛り込むようにしてください。

人間性の教育と多様性

次に、人間性の教育が多様性を損なっているのではないかと考える人がいるかもしれませんので、それについて考えを述べたいと思います。

人間性の教育は、「あいさつをしましょう」とか「お客様に感謝しましょう」といった人間社会で生きるための基本となる教育から、リーダー学、帝王学まで幅広いビジネスでの教育があると思います。

人は誰かに貢献することで、それが喜びにつながります。あいさつや感謝は、相手の喜びにつながる行為ですし、人と円滑なコミュニケーションができて、人に貢献するための土台となるものです。

世の中には善人と悪人がいますが、基本的に人は、潜在的に「人に喜んでもらいたい」と考えるものです。その延長に人への貢献があります。そこに自己有用感があり、自分の価値を感じるのです。

社会人としての活動は、人への貢献の連続です。人への貢献によって対価が得られるという仕組みになっています。「どうしたらもっと人に貢献できるか?」と考えて行動する中に、人間性の成長があります。つまり、貢献する行為自体が人間性の教育になります。

究極には、誰にも隔たり無く多くの人に貢献していくことが、偉大な人物への人間性の成長につながります。誰にも隔たり無く貢献する人は、多くの人の個性を受け入れた人でしょう。人間性の成長が、多様性を認めることにもなります。

会社で仕事をするということが、誰かに貢献していることになり、会社で仕事することが人間性の教育につながり、多様性を認める人材が育つのです。

会社が社会貢献する対象

会社は、個人の集合体が法人化したものです。人の集合体である以上、会社は社会に貢献しなければ、存続ができません。会社が社会貢献することは、生き残るための条件でもあります。

会社が存続するためには、社会貢献が必須であることは、法則のようにも思います。社会貢献を目標として理念経営を行っている会社が、多様性が認められる社会づくりに貢献している会社と言えます。

会社による社会貢献は、一個人ではできない大きな社会貢献ができるようになり、そこに勤めている多くの個人の人間性を、より一層高めてくれる可能性があります。

会社が社会貢献する対象は、いくつかあります。

  • お客様への貢献
  • 社会への貢献(組織や地域、国や地球など)
  • 社員や取引先への貢献

お客様への貢献

1番目のお客様への貢献は、面倒なもので、効率が悪く、経費がかかるものとして認識する必要があります。それを、「私は面倒なことが嫌いなので、お客様への貢献を拒否させていただきます」という社員がいたら、社長としては「それも個性だから仕方がない」とはいきません。

自分の権利ばかりを主張する社員だけになったら、その会社は倒産です。そのような考えを持つ社員に、社会人としてや人間としての当たり前のことを教育することは、3番目の「社員や取引先への貢献」につながります。

社会への貢献

2番目の社会への貢献は、貢献の対象が広がったものです。人や社会への貢献によって、人間性の教育につながります。

大企業の経営理念には、「我社は事業活動を通じて社会に貢献する」という内容が、必ずと言ってよいほど盛り込まれており、実際にそうしています。

鉄道会社を例にすると、時刻通りに電車が来るということ、安全に運行されているということなど、お客様への貢献もありますが、どれだけ経済的な発展を支えて社会貢献してきたのか、計り知れないものがあります。

社員や取引先への貢献

3番目の社員への貢献は、「社長が社員に貢献する」というものではなく、「社長も含む社員全員が会社の一員として、他の社員に貢献をする」というものです。この貢献を簡単な表現でするならば、いっしょに仕事をする人への思いやりでもあり、多様性を認めることにもつながります。

正しい経理理念は、1~3の貢献を行っていくための基本となる哲学がまとめられているものであると言えます。

人間性の学びができる会社は、とても立派な会社だと思います。会社での人間性の学びによって「社員の多様性が損なわれるのだ」と言われるのであれば、それは経営理念が間違っているか、経営理念が浸透していないかのどちらかです。

経営理念の構成要素の一つに行動指針や行動規範というものがあります。そこには、「あいさつをきちんとしましょう」とか「お客様に感謝をしましょう」とか、そういったビジネスの基本が書かれています。それを抑圧だとして、100%社員の自主性に任せ、身勝手な行動をしても許されたら、社内にたくさんのグウタラ社員を生み出してしまうことでしょう。

グウタラだらけの会社は、社会貢献ができなくなり、お客様からそっぽを向かれて、生き残ることが不可能です。

正しい経営理念とは?

当社では、「正しい経営理念」というものを提唱しています。正しい経営理念は、次の性質が含まれたものです。

  1. 会社が社会貢献のために目指すものがイメージできること
  2. 会社における善悪の判断が導き出せること
  3. 事業活動で成果を出すための方法を生み出すことができること

経営理念は短い言葉で表現されることが多いですが、経営理念を深く読み解くことで、全社員の誰もが、3つの答えを自ら導きだすことができるものが、「正しい経営理念」だと考えています。

全社員の目指す方向を「企業ビジョンの実現」という方向で一致させ、そのための企業文化をつくることが、経営理念の浸透であると思います。

ただし、経営理念の短い言葉だけでは、それに込められた意味を理解することが不可能です。それを解説するための企業ビジョンや経営指針、行動指針、経営計画などが作成され、経営理念の一言を補完します。

そこで当社は、経営理念はそれらをパッケージにした1セットで考えています。

経営理念は基本理念、企業ビジョン、経営指針、行動指針がパッケージになったもの

以下、経営理念が正しいものであるという前提で、経営理念と多様性について述べたいと思います。

経営理念と多様性について

冒頭の「経営理念にはめ込んだ教育によって、社員の多様性が損なわれるのではないか?」ということについて、正しい経営理念と照らし合わせて、もう少し深く考えたいと思います。

正しい経営理念は多様性を大事にしている

そもそも、経営理念の中に多様性を大事にするようなことを記載している企業もあります。本田技研工業の経営理念には、「人間尊重」というものが入っています。ソニーグループの経営理念にも、多様性を推進する内容のものがあります。

このように、社長が目指している会社の理想の姿として、社員の個性を活かすような内容を盛り込んでいたならば、経営理念の中に多様性が含まれると言えるでしょう。

また、社長が多様性の推進を会社にとっての善悪の判断基準の一つとして考えていたり、「事業活動で成果を出すためには個性を活かすことが大事だ」と思っていたりしたならば、多様性に関する内容を経営理念に盛り込むべきです。

反対に、社長が社員の多様性を否定していたとしましょう。すると、社内のおいては多様性が損なわれ、社員の能力がまったく活かされない企業になります。そういった企業は、大きくならないか、倒産していくことでしょう。

会社の経営理念が受け入れられない社員はどうすべきか?

どのような経営理念がかかげられた会社であったとしても、そこに勤める社員が、「私は会社の経営理念が受け入れらない」と思う場合もあります。

その社員は、我慢して仕事を続けるか、会社を去るべきかの選択に自ら迫ることになります。会社を去ることを選択した場合は、自分が納得できる経営理念を掲げた会社に就職するか、自分の納得する経営理念を掲げて起業するかのどちらかです。

もし、就職活動で、経営理念を大事にしている会社に就職したいのであれば、面接試験のときに経営理念について質問するなどして、自分の考えが経営理念に合致しているかどうかで、会社を選ぶ基準にすべきでしょう。

経営理念を大切にしている会社かどうかを見分ける方法は、面接のときに経営理念に関する質問をしたら良いと思います。例えば、「経営理念に込められた意味を教えていただけないでしょうか?」という具合です。質問に対して明確に即答できたならば、経営理念を大切にしている会社です。

ルーチンワークと多様性について

ルーチンワークばかりでは、自分の能力が活かされず、なかなか成果に結びつきにくいものです。能力が活かされず、成果も出ない状態は、多様性が損なわれている状態です。

「会社の仕事は、ルーチンワークばかりなので自分の強みが活かされていない」と思うこともあるでしょう。ロボットのように毎日同じ作業ばかりして、「多様性が認められていない」と思ってしまうこともあるでしょう。

上司も人間ですので、ルーチンワークだけをしている社員の隠された能力を見抜くことができない場合があります。「自分には能力があるのに、なかなか認めてもらえない」と感じる場合は、上司に自ら能力が会社にとって有用であることを、成果でもってPRすることが近道です。上司に認められるためには、上司との人間関係や愛社心などもありますが、まずは成果です。

ルーチンワークの中にも、何か工夫できるところがあるかもしれません。小さな工夫でも積み重なれば大きな成果につながり、上司から認められることもあります。

大きな会社にお勤めの場合は、2つ役職が上の上司の立場で物事を考えるようにして、与えられた仕事の責任範囲を超えて、他の人の責任範囲まで面倒が見られる人になることです。上司の中の誰かが見ているものなので、いずれは引き立てられることでしょう。

経営理念のない会社でのエピソード

また、経営理念のない会社に就職することもあることでしょう。また、会社に経営理念があったとしても、社長が経営理念について深く考えていないこともあります。中小企業の社長に多いのですが、社長に「経営理念は何ですか?」と聞くと、「何だったかな?」と忘れてしまっていることもあるぐらいです。

そういった会社は、社長の価値観が明確でないので、社長の方針がコロコロと変化して、社長の考えに振り回される可能性があります。そうなると多様性について考えるどころではありません。

そういった会社に多様性を求める場合は、社長に提案して受け入れてもらう方法があります。その場合は、社長を説得できるぐらいの力量が問われます。もし社長を説得できるぐらいであれば、その会社の参謀になれるぐらいの実力があるとも言えます。

実際にあった経営理念のない企業のエピソード

とある従業員数が10名程度の中小企業の社長に、「貴社の経営理念はどのようなものですか?」と訪ねたところ「利益率を高めることだ」と返答され、たいへん驚いたことがありました。

このようなものが経営理念なわけがありません。利益率を高めることは、中長期経営計画の経営方針程度のものです。

その社長は、社員の能力を活かそうと考えてはいたものの、利益と資金繰りのことばかりが先行していて、社員全員が嫌気をさし、社員の離職率は50%程度という極めて悪いものでした。資金繰りは文字通り火の車で、明日にも倒産しそうな状態でした。

そのような会社の事情も知らず、その会社に就職した社員がいました。その人は、会社が苦労していることは、入社してから1ヶ月ほどで理解できました。金策で苦労されている社長や会社、そこで働く社員を憂い、何か手はないかと一所懸命になって考えました。経営分析を独自で行い、安定経営につながる利益性の高い新規事業を企画し、市場分析や売上高・損益の予想まで行い、会社の経営が安定する理由まで添えて、社長に提案しました。

ところが社長は、「そのようなことを考える暇があったら仕事をしろ。」と、何度提案しても反発されました。その社員はあきらめず、「でしたら、時間外にオフィスを使わせてもらっていいでしょうか?」と許可をもらい、通常業務を終わらせた後、毎日終電近くまで、土日も返上して新規事業の立ち上げに取り組みました。残業代を請求せず、共同開発してくれた取引先にも1人で交渉し協力を取り付け、そして新規事業を3ヶ月ほどかけて立ち上げました。

そして、新規事業のホームページを自作し、自分でSEO対策も行いました。サーバとドメインは会社持ちでないといけないので、その代金だけ社長からもらいました。

新規事業がリリースされてから、その社員の予想通り少しずつ注文が入りはじめ、2~3ヶ月すると予想もしなかった大手企業からも相談が入るようになりました。また、社長も乗り気になってきました。

社長は相手にウソを言っても販売してくるぐらいの販売力があり、その後で社員が苦労するのですが、強引に仕事を取ってきて、みるみる売上高が上がっていきました。そして、資金繰りに苦しんでいた会社が立ち直り、その実績により銀行から融資まで受けられるようになりました。

しかし、社長はその社員のことを「良い拾い物をした」とモノ扱いし、注文の電話が入る度に、「おっ、また魚が釣れた」と述べ、お客様を魚呼ばわりする始末でした。その社員は、そのような社長のあさましい発言や考えに、「このままこの会社の発展に貢献していいのか?」と悩みました。

そして社長は、新規事業が軌道に乗ってきたタイミングで、その社員の給料上昇や残業代請求を恐れ、金の卵を産んだ社員の肩をたたいてしまったのです。その社員は、即答で辞表を出し、「この会社でたくさんのことを学ぶことができました。たいへんお世話になりました。」と社長に感謝を述べつつ、静かに会社を去っていきました。

この社員が就職していた期間は、2年弱ですが、その間に新規事業を3つ立ち上げ、そのうち2つをヒットさせることに成功しました。立ち上げた3つの事業で会社は順調に大きくなり、その社員が会社を辞めてから4年後には、売上高が20倍、社員数が10倍に増えたそうです。

このエピソードから、経営理念の大切さを知らない社長の恐ろしさを感じていただけたことでしょう。会社に多様性が受け入れられていたら、この社員は能力をさらに発揮できたかもしれません。また、社長が社員の能力に嫉妬した場合も、社員の能力を殺してしまう場合があります。

この社員は「いくら社員に力があっても、社長の考えを変えさせることはできない」と悟りました。経営理念と多様性の融合のためには、社長自身が経営哲学やリーダー学をしっかり学び、徳のある社長を目指すことが大事です。

経営理念のない企業のエピソードをもう一つご紹介いたします。有料老人ホームの事例です。有料老人ホームとは、簡単に述べるとご高齢者に快適な生活を提供するところです。そういった福祉サービスでは、お年寄りを大切にしつつ地域貢献するような経営理念を持っているところが多いことでしょう。

ところが、経営理念を持たないところもあります。その1つの実例をご紹介します。

経営理念のない有料老人ホームのエピソード

とある地方の有料老人ホームでは、オーナーと雇われ事務長がいっしょに事務管理のみに勤しみ、他のスタッフが交代制で24時間の介護等を行っていました。

介護スタッフのリーダーが1名いて、事務長のことを嫌っていました。その理由は、「現場を見もしないで、文句ばかり言っている」というものでした。事務長としては、「私は事務長だから、事務所で管理することが仕事だ」ということで、両者は折り合いがついていませんでした。オーナーも酷いもので、「私は介護のことは何もわからない。事務長に経営を任せている」という状態でした。

この3人のだれもが、「自分がいかに楽して儲かるか」が中心的な考えで、ご老人の快適な生活など二の次になっていました。

現場では、設備が故障しても放置されているほど、人間関係が荒廃していました。水道の水漏れが発生して、スタッフがそのことをリーダーに報告しても、リーダーは「そのようなことは、事務長に報告してもムダだ」と取り合ってくれないほどでした。現場スタッフは、決められた仕事以外のことをすると怒られるので、現場スタッフも水漏れを放置していました。

事務長からは方針などが示されず、スタッフは与えられた仕事をするだけでした。ほとんどのスタッフがやる気をなくし、仕事やご老人の対応も雑になって、「いかに楽するか」ということが目標になっていました。

介護の質が悪くなり、ご老人の徘徊が増え、深夜にはコールやセンサー反応が相次ぎ、夜勤のスタッフは気持ちが落ち着かず、さらにイライラ感が増すという悪循環になっていました。

志あるスタッフが、ご老人のことを思って改善案を提案しても、リーダーは「そんなことはムダだ」の一点張りでした。そして、だれも何も提案しなくなりました。

このエピソードのような仕事環境では、人材の多様性もなにもありませんし、仕事にやりがいもありません。スタッフに成長の機会もありません。経営理念のない会社は、多様性のない環境になりやすいのです。

オーナーや事務長が、経営理念とまではいかなくても、会社が事業を通じてどのように社会貢献するのかの方向性でも知らせてくれたら、スタッフはそれに向けて頑張るものです。

とある建設会社が営業担当としてFPを雇い、土地を持っている人を対象に、「有料老人ホームが税金対策にいいですよ」と訴求しているのを聞いたことがあります。その謳い文句に乗ったオーナーは、口では「地域貢献」と言ったとしても、心の奥底では自己中心的な目的を掲げている場合が、少なからずあるはずです。

有料老人ホームは企業である以上、利益の追求は当然のことだとしても、社会貢献の志を第一の理由に持ってもらいたいものです。できれば、経営幹部やリーダーが陣頭指揮を取って、理想的な老人ホームを目指すように取り組んでもらいたいものです。

数字信仰の弊害

経営者は、創業の精神や経営理念、我社の存在意義などを考え続けなければ、ある意味で数字ばかり追いかけるようになりがちです。上記2つのエピソードでは、経営者が数字ばかり追いかていたと言えます。

そういった数字ばかり追いかける経営のことを、「数字信仰」と言います。

数字信仰におちいった会社では、基本的に営業成績が人のランクを決め、数字を達成した人のみが人扱いされるような場合もあり、特にアシストやフォローの上手い社員は苦労するようになります。つまり、個性が評価されにくいのです。

正しい経営理念を持つ会社であっても、経営者は普段から、経営理念の内容を読み返したり、経営理念の内容を深く考えたり、我社の存在意義を考え続けることが大切です。

そして、経営理念の実現が大義名分となり、それを基にして経営計画を立て、それを実現するための経営方針を立てるのです。社員には数字の達成に責任を持たせるのではなく、経営方針の実施に責任を持たせるのです。

経営判断と多様性について

次に経営判断と多様性について考察したいと思います。

経営判断においては、多様性と異なる要素が入ってきます。なぜなら、危険を伴う経営判断ほど「全員の意見を取り入れる」という多様性を認めたら、基本的に会社は倒産するからです。

民主経営の弊害

民主経営とは、「全員の意見を取り入れ、全員の意見に合致するように経営判断をする」という経営スタイルのことです。

例えば、会社のとある事業部が赤字で困っている社長がいたとしましょう。その社長は、赤字の事業部を閉じて、新規事業を行っていきたいと考えていたとします。そして、その経営判断を赤字の事業部のメンバー全員に求めたとします。

その結果はどうなるでしょうか? その事業部の全員が、事業からの撤退を大反対することでしょう。

事業が撤退すると、その部署で働く社員にとっては、今までのキャリアがリセットされ、ゼロからのスタートしなければならない可能性があります。社員には家族がいて、子どもを育てないといけませんので、給料を下げるわけにはいきません。新しい仕事を覚え直さないといけませんし、移動先では年下の上司にこき使われる可能性もあります。今まで自分が一所懸命に取り組んできたことが、無意味になってしまうのです。

このような場合に立たされる社員の多くは、会社経営のことよりも自己保身が先に働くことでしょう。そのため、事業の撤退を反対するのです。

他にも、「給料を全員の意見で決めましょう」という民主経営があったとしましょう。そのような経営スタイルでは、会社が成り立たないことは、述べるまでもありません。瞬く間に、人件費が2倍、3倍と増えていき、働きの悪い社員が増えていくことでしょう。

民主経営で、「全員の意見の一致でもってそれを決めましょう」となると、それも経営を危うくします。そもそも、経営判断で全員の意見が一致するようなことはありません。仮に全員の意見が一致した場合には、その判断は誤りであることが多いです。

経営判断は独裁であって独断であってはならず

経営判断は、社長や経営幹部が独裁でワンマン決定しなければならないのです。それが正しい経営判断の姿です。会社の全責任を背負う社長ただ一人の判断が大事です。会社の危険性が高い判断ほど、多様性を認めてはいけないのです。

そもそも、会社が赤字にならないようにするために、社長は自分一人で先んじて手を打っていかなければなりませんが。

経営判断に多様性があるとすれば、社長の経営判断が独断であってはいけないということです。これが、多様性と経営判断の両立させるための、社長が持つべき正しい態度だと思います。

近鉄の名経営者と言われた佐伯勇(1903~1989年)の著書「運をつかむ」の言葉を借りますと、「衣冠束帯を問わず、我社にとって良いと思うことがあったら何でも社長に述べて欲しい。」と、広く意見を求めることが大事です。

会社の生死を左右するような重要な判断ほど、幹部の意見を聴き、専門家の意見も聴き、知り合いの経営者の意見も聴き、社員の意見も聴いて、それらをすべて考慮した上で、最後は理性と直感で独断をするというものです。

経営コンサルタントの一倉定先生(1918~1999)の著書「新・社長の姿勢」によると、「“独裁すれど独断せず”はワンマン社長の基本的態度」と述べられ、「正しいワンマン経営こそ全員経営を実現する道である」と喝破されています。

以上、経営理念と多様性についてまとめました。思ったり考えたりしたことを、次第に加筆していく予定です。何かのご参考になれば幸いです。

この記事の著者

平野亮庵

経営・集客コンサルタント
平野 亮庵 (Hirano Ryoan)

国内でまだSEO対策やGoogleの認知度が低い時代から、検索エンジンマーケティング(SEM)に取り組む。SEO対策の実績はホームページ数が数百、SEOキーワード数なら数千を超える。オリジナル理論として、2010年に「SEOコンテンツマーケティング」、2012年に「理念SEO」を発案。その後、マーケティングや営業・販売、経営コンサルティングなどの理論を取り入れ、Web集客のみならず、競合他社に負けない「集客の流れ」や「営業の仕組み」をつくりる独自の戦略系コンサルティングを開発する。

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