人材を育てるための行動指針
「企業は人なり」といわれる通り、高い人間性と仕事能力を持つ従業員が多いほど、会社は健全に成長することができます。
会社にとって大切な経営資源は人・物・金ですが、この3つの中で最も大切なのは人です。
もちろん、物も金も大切な資源ですが、それらを扱うのは人であるからです。
人が会社の設備や什器などを使って仕事をし、サービスを行います。また、人が資金を使って、より付加価値の高い商品やサービスを生み出します。
会社にいくら立派な設備が整っており、潤沢な資金があるとしても、それを扱う従業員の人間性や仕事能力が高くなければ、良い仕事をすることはできませんから、安心して仕事を任せることができません。
そこで、経営者は「行動指針を作成して人材を育てていこう」と思うわけです。人材を育てるための行動指針を作成するためには、人間性と仕事能力を高めるための訓えを導入することが大切になります。
人間性の成長と仕事能力の向上は、内容が似ているところもありますが、長くなりますので2回に分けて、今回はテーマを「人間性の成長」に絞ってご説明いたします。
従業員の皆さんの人間性をさらに高めるために、行動指針には次の3つのことを網羅することをお勧めしたいと思います。
- 自己中心的な考え方と真逆の考え方を持つ
- 感情のコントロール(自制心)
- 何事も明るく前向きに考える
以下、次の目次に沿って、この3つの要諦を解説いたします。
1. 自己中心的な考え方と真逆の考え方を持つ
誰でも、自分が一番かわいいものです。人は本能的に生きていれば、自分のことを中心に考えるのは自然なことでしょう。
自然状態のままであれば、誰もが自分を幸せにしたいために自己中心的な考え方になりがちなものです。いわゆる「自己中」です。
しかし、社会生活においては、その真逆の考え方を身に付けなければ、仕事場でも家庭においても、幸せになり成功することはできません。なぜなら、自己中の人は他人から嫌われるからです。
では、自己中心的な考え方と真逆の考え方とはどのようなものでしょうか。
それは、「自分のこと以上に他者のこと優先し、他の人の役に立つ」という考え方です。
自己中心的な考え方と真逆の考え方を持つことは、社内の調和をつくり出し、お客様や市場を満足させる商品やサービスを作り出すためにどうしても必要なことだからです。
自己中心的な考え方を克服し、お客様の役に立ち、上司や同僚、部下のためになる仕事をすることができてこそ、日々に、事業の目的である「顧客の創造」を進めることができます。その結果、会社が発展し、その発展に貢献した個人に報酬や評価が返ってくるのです。
自己中心的な考え方を克服するために行動指針に盛り込むべきことは、次の4つです。
- 素直になる
- 与えられていることを知る(感謝の心を持つ)
- 報恩と利他の精神を持つ
- 真摯さを持つ
素直になる
まず、自己中心的な考え方を捨てるために持つべき心構えの第一は、「素直さ」です。
素直さとは、正しいことを真っすぐに受け入れることです。自分の考え方と違うことであっても、仮に自分にとって都合の良いことでなくても、正しいことであれば、真っすぐな心で「はい」と受け入れることです。
そして、受け入れたことを実行に移すことも素直さです。
正しいことを、素直に受け入れ、実行することができれば、人間性は必ず成長します。
与えられていることを知る(感謝の心を持つ)
自己中心的な考え方を捨てて、人の役に立ちたいと思えるようになるためには、与えられていることを知ることが大事です。
自分が「生きているのではなく、生かされている」と考えられることが、人間性を高めるために必要な考え方です。
誰もが生まれた時には無一物で、裸一貫で生まれてきました。
誰にでも、育ててくれた人がいて、家があり、服を着ることができ、学校に行くことができ、仕事を与えられて、毎日食事ができ、温かいベッドで眠ることができます。
生きていれば、自分の思い通りにならないことは数多くあります。しかし、その前に、多くの人から、多くのことを与えられている事実を知り、受け入れることで、自己中心的な考え方を克服し、人間性を高める出発点に立つことができるのです。
他人から、「感謝しなさい」と言われても、なかなかできるものではありません。しかし、与えられていることを知り、受け入れることによって、感謝の心が湧いてきます。
人間性を高めるためには、感謝の心を持つことが非常に大事です。
感謝は、不平不満や自己中心的な考え方の反対の心であるからです。
与えられていることを知っても、しばらくすると忘れてしまいがちになります。行動指針の身長では、ぜひこの与えられていることを思い出す機会を作るようにしてください。
報恩と利他の精神を持つ
足りないことよりも、すでに与えられているものを大きく見ることができるようになると、「有り難い」という感謝の心が湧いてきます。
そして、本当に感謝ができると、お返しがしたくなります。
そのお返しの心が、「人の役に立ちたい」という気持ち、すなわち報恩の心です。
日々に感謝を深めることで、この人の役に立ちたいという気持ちが強くなり、自然に自分のことよりも、他の人のことを優先できるような、高い人間性を育てることができるようになるのです。また、自分のことよりも他の人のことを優先できるようになることは、成功するための重要な資質でもあります。
報恩と利他の精神を持って営業に当たった人の営業成績はどうなるでしょうか?
また、同様の精神で商品開発に取り組んだら、どういった商品を開発できるでしょうか?
さらには、上司や同僚、部下に対してはどのような印象を与え、どのような人間関係が構築できるでしょうか?
感謝・報恩の心を持ちって仕事に打ち込む人は、やがて必ず頭角を現すことになるのです。
真摯さを持つ
自己中心的な考え方の真逆の考え方の最後に、「真摯さ」を挙げたいと思います。
「真摯さ」というと、従業員の皆さんにとっては少し難しい言葉かもしれませんが、言い換えれば、裏表がなく、嘘をつかない、いちずな性格のことです。
また、真摯な人は、積極的に自分の責任を果たします。約束を守り、公私混同などずるいことをせず、社会生活のルールを守れる人です。正直さが説得力を生み、仕事で成果をあげやすくなります。
ビジネスは信頼で成り立っているので、これらの人間性は、どの会社でも共通して大切ななことです。
無人島などで、一人で生活しているなら真摯さは必要がないかもしれません。しかし、多くの人と協力して働いている会社においては、真摯さは、信頼関係の元になる大切な価値観です。
2. 感情のコントロール(自制心)
人間性を成長させるためには、自分の感情、つまり心をコントロールする力を身に付けることが大事です。また自制心とは、自分の感情や行動をコントロールすることです。
人間が自然に身に着けている感情として、喜怒哀楽があります。それを基礎として、高度なレベルの感情まであります。それらをコントロールできる人は、優秀な人材だと言えます。
そういったことから、喜怒哀楽から高度な感情のコントロールまで、自社に求められる人材像を行動指針の内容に盛り込まれるべきです。ここでは、すべてご説明するととても長くなるので、今回のご説明は基礎的な内容のみにとどめておきたいと思います。
喜怒哀楽のコントロール
人間には、他の動物たちと同じように、喜・怒・哀・楽(きどあいらく)の感情があります。
誰でも、物事が起きた時の反応として、喜怒哀楽の感情が自然に湧いてきますが、その感情をコントロールできず、ストレートに表現してしまうと、自分の心が乱れたり、機嫌が悪くなったり、つい不用意な言葉が口をついたりして、周囲との不調和が起きる原因になってしまいます。
人間性の高い人は、喜怒哀楽の感情をよく管理して、どんな時でも柔和な態度を崩しません。
このような心に安定感のある人は、周囲から信頼が寄せられることになるのです。
そのようなことから、行動指針には喜怒哀楽の感情をコントロールする内容のことや、自制心についての内容を盛り込むべきです。
喜
喜びの感情自体は、もちろん悪いものではありません。
しかし、自分に良いことがあって、喜びに浸りきってしまうと、周りの人の気持ちが分からなくなってしまうことがあります。
また、良いことがあった時に喜びすぎる人は、反対に、悪いことが起こった時には極端に落ち込みやすいことがあります。
自制心を高めることで、成功した時にも、失敗した時にも、安定した心境を保つことができるようになってゆきます。
成功の時に有頂天にならず、「周りの人たちのお陰です」という感謝の思いを深め、失敗した時には「自分の欠点を直して挽回しよう」という前向きな姿勢を保つことが、人間性を成長させるために大切であると思います。
怒
怒りは、破壊的な感情であるため、大きな問題です。大切に育ててきた人間関係や、積み上げてきた仕事、健康をも破壊するマイナスのエネルギーなのです。
怒りから、暴言や暴力といった行動に出る人もいます。そのようなことから、怒り癖のある人は、人間関係のトラブルが絶えませんから、出世しにくいものです。
怒りの感情は、自分の心を荒々しく不快なものにし、他人を傷つるだけで、何も良いことはないのですから、これをよくコントロールし、平静心を保つように心がけることがとても大事です。
哀
これは悲しみの感情です。お客様からクレームを受けたり、上司から強く叱られたり、期待を裏切られたり、悲しいことがあれば、当然、「哀」の感情が出てきます。
しかし、悲しみは、幸せから遠い感情ですから、これもマイナス感情なのです。
マイナス感情を長く持ち続けると、マイナスの物事を引き寄せてしまいます。ですから、悲しみを長く引きずらないようにすることも大切なのです。
心理学の有名な言葉に「悲しいから泣くのではない。泣くから悲しいのだ」というものがあります。態度が精神状態を決めるのです。明るく振舞うことが、悲しみを克服する力になるでしょう。
楽
「楽」とは、「たのしい」という意味ですから、一見、悪い感情ではなさそうです。しかし、楽が行き過ぎると、享楽的な意味合いを持つようになります。
誰でもできれば楽をしたいものですし、享楽に耽るのも楽しいものです。しかし、趣味などの「楽しみ」に傾倒しすぎると、堕落してしまうことがあります。
例えば、「世の中を良くしたい」という崇高な経営理念の実現のために仕事をしている会社で、とある社員は「毎日お酒を飲みたいから仕事をしている」という考えであれば、その社員はあまりいい仕事ができないかもしれません。
そのような、快楽のための誘惑は誰にでも訪れます。しかし、そのような時にこそ、意志の力、自制心を発揮して、心を真っすぐに立て直すことが大事です。
その他の感情のコントロール
喜怒哀楽以外にも、コントロールすべきネガティブな感情があります。その代表例として、次の4つをあげたいと思います。
- 強い欲望
- 慢心
- 不信感
- 人を悪者にすること
強い欲望の代表例に、金銭、地位、名誉の欲望があります。欲望は成長意欲ともつながるので、まったくゼロではいけないと思いますが、過ぎた欲望は自らを滅ぼす元になりますし、周囲との調和を欠き、その人と関わっている人もダメにしてしまう場合があります。
慢心は、順境の時期に初心や感謝の心を忘れてしまったときに出てくるものです。理想を忘れ、努力を怠るようになって能力が頭打ちになります。また、慢心は欲望を増幅させる傾向を伴うため、転落の原因になったり、他人に迷惑をかけたりします。
不信感には、会社自体への不信感、上司や部下など他の人への不信感、自分自身への不信感などがあります。不信感が元になり、人を悪者にする心が生まれてきます。
ここに挙げたネガティブな感情を持っていると、怒りを伴ったり、他のネガティブな感情と合体して増大することもよくあります。このような感情のコントロール方法も行動指針に盛り込んでおくことが大事です。
これらの他にも、エリート社員やリーダーになるために必要な、高度な感情のコントロールもあります。別の機会でご紹介したいと思いますが、社長がイメージする理想のリーダー像に応じて、高度な感情のコントロールを盛り込むことが必要になるでしょう。
ただ、行動指針の項目が多くなりすぎてしまう場合には、行動指針のサブテキストとしてまとめ、別途研修等を行うようにするとよいでしょう。
3. 何事も明るく前向きに考える
人間性の高い人は、基本的に明るい人です。常に明るく前向きな人には魅力があり、人間関係も円滑になります。周囲の人たちの気持ちをも明るくする力があるからです。
明るく前向きな人は、行動力のある人が多いです。そのため、他の人よりも仕事がはかどる人が多いと思います。
従業員が、会社の魅力的な企業ビジョンによって仕事に対する熱意が高まり、明るく前向きになれる行動指針があって、普段の仕事ぶりを振り返ることができれば、その従業員の人間性は高まっていきます。
反対に、心が暗く、いつもネガティブことばかりを口にする人を魅力的だとは思わないでしょう。
また、仕事上、難しい状態に立たされた時に、悲観的になり、「もうダメだ」「もうムリだ」と思い込んでしまい、悲観的な言葉を口にしていると、絶対に道を開くことはできません。
ところが、困難のなかで、明るく、前向きに考え続けることができれば、かならず打開策が出てくるものです。希望を捨てなかった者だけが道を開くことができるのです。
どのような困難に直面しても、明るく前向きに未来を描き、力強く行動する人が人間性の高い人の特徴です。
何事も明るく前向きに考える人を育てるために、行動指針に盛り込むべきことは、次の3つです。
- 豊かになる考え方を持つ
- 明確な目標を持ち努力を重ねる
- 自信とやる気を持つ
豊かになる考え方を持つ
豊かさには、経済的な豊かさと、精神的な豊かさとがあります。
この二つの豊かさを両立する人が増えることで、会社がますます発展する力となるでしょう。
原因と結果の法則
豊かになる考え方の一つ目「経済的な豊かさ」を得るためには、原因と結果の法則を知ることです。
「自分の目の前に現れている環境は、実は、自分で種を播いて育てた結果である」ということを受け入れるということです。
今の環境が自分にとって良いものである場合、それをさらに育てるよう、油断せずに淡々と努力を続けることが大事です。
また、今の環境が好ましいものでない場合には、自分に何が足りないかを教えてくれているのです。ですから、この時に人のせいや環境のせいにしてはなりません。自分以外のせいにしてしまうと、良い種を蒔くことができませんから、運勢が好転しないのです。
うまくゆかない時には、潔くその結果を受け入れ、その原因をつかむことです。そして、今度は善なる種を播いて、育てていくことができれば、必ず、新しいよき結果が表れてくるものです。
変化を受け入れる
しかし、人には本能的に変化を避けたいという気持ちがあります。今までの仕事のやり方を大きく変えるのは面倒くさいし、うまくゆくかどうか分からないからです。そのため、危機感を感じることがない限り、現状維持を選びがちになるのです。
ところが、現代社会は、「変化の社会」であり、あらゆる技術は日進月歩を遂げ、お客様のニーズはどんどん変わり続け、高度化し続けています。
つまり、会社を取り巻く環境も、変化を基礎にしているのです。
そのため、個人にとっても企業にとっても、今まで通りの仕事を繰り返しているだけでは衰退してゆくしかないのです。
そこで、「変化をチャンスと捉え、喜んで受け入れ、新しい価値を生み出す」という考え方を持つことが大切です。
ポジティブ思考
ポジティブ思考には、二つの側面があります。
一つめは、物事の明るい面に注目するということです。
物事の良い面に注目し、「やってみれば何とかなるのではないか」または「やってやろうじゃないか」という積極的な考え方です。一方、ネガティブ思考は、物事の暗い面、悪い面が気になって、「ムリだ。できない。やってもムダだ」とマイナスの方向に考える考え方です。
浜松には「やらまいか」という方言がありますが、まさしくポジティブ思考です。この思想によって、浜松からたくさんの世界企業が生まれました。
二つめは、難しい状況に置かれた時に、あきらめず、「自分の力で何とかしよう。絶対できる」と、その状況をひっくり返して道を開く力強い考え方です。このことを、自助努力といいます。
明確な目標を持ち努力を重ねる
仕事で成功するための出発点は、心の中の思いです。
「思い」というものがあってこそ、それが牽引車となって現実が近づいていきます。
ですから、まず、「思わないことが実現するということはあり得ない」ということを知ることが大事です。
そして、思いの強さに応じて実現してくるということも事実です。
「一年後、こういう風になっていたい」と強く願うこと。そして一年が過ぎた時に、どうなったかを振り返る習慣を付けると、非常に進歩します。
目標がないと情熱が湧いてきません。ですから、明確な目標を持ち、それが実現すると信じ続け、努力を重ねることが大切です。
自信とやる気を持つ
新しい事や、困難な仕事に取り組むと、失敗する可能性が高いものです。だから、「あえて新しい事、難しい事に挑戦するよりも、現状維持で行きたい」と考える人が多いものです。
そこで、「成功」という言葉の反対を考えてみましょう。
「成功の反対は失敗」ではありません。「成功の反対は、何もしないこと」なのです。
新しい事や困難な仕事に挑戦すると、力が足りず失敗することも少なからずあるでしょう。しかし、その失敗から教訓を学び、知恵を高め、何度でも挑戦してこそ、成功することができるのです。あきらめない限り失敗ではありません。ですから、チャレンジ精神をもって挑戦することが大事です。
チャレンジの原動力は「自信」です。自信はやる気の素です。「自分はできる」と自信を持てた時、人は「挑戦してみよう」という気持ちになれるのです。
自信を持つためには、小さな実績を積んでゆくこと。そして、過去の失敗から教訓を学び取り、未来への不安を克服することです。
困難を乗り越えて、やり遂げた時の達成感を得て、成長の喜びを味わっていただきたいと思います。
以上、従業員の人間性を成長させるための行動指針を作成するときに、盛り込むべき内容をまとめました。次回のコラムは、従業員の仕事能力を向上させるための行動指針についてご説明したいと思います。
行動指針の作成をお考えの経営者は、人間性の成長と仕事能力の向上を併せ持った、理想の行動指針を作成してください。
もし、行動指針の内容づくりにお困りであれば、当社の経営理念コンサルタントがご支援いたします。スポット対応も可能ですので、お気軽にご相談ください。
この記事の著者
経営理念コンサルタント
関山 淑男 (Sekiyama Toshio)
経営理念の構築・浸透とビジネスコーチングのスキルに親和性があることに気づき、研究や実績を重ね、経営理念コンサルタントとしてのスキルを確立していく。社長としての経営経験や赤字企業の業績回復支援の経験から掴んだ教訓、ピーター・ドラッカー先生や一倉定(いちくらさだむ)先生などの経営理論を融合させ、独自の経営理念コンサルティング・メソッドを開発。